郷土展示室

水とかつしか

私たちの郷土かつしかは、現在でも周囲が江戸川・荒川放水路・小合溜井といった大小の河川に囲まれていることからもわかるように、水とは切っても切れない深い関わりの中で育まれてきました。
このセクションでは、「自然のなりたち」「水のめぐみ」「水の克服」という3本の柱のもと、私たちと水とのさまざまなかかわりを展示します。

自然のなりたち
自然のなりたち

私たちの生活の舞台である東京低地のなりたちを、模型・映像・音響をからませたショーでお見せします。

水のめぐみ
水のめぐみ

生活にプラスに作用する水の役割、農業のための灌漑、河川の交通によってもたらされたもの、染色工業などのコーナーです。

水の克服

水のもたらすマイナス面を取り上げます。水害を防ぐための河川改修、昭和22年のキャサリン台風、良質な井戸の確保に苦労した姿を紹介します。

かつしかのあゆみ

古代・中世・近世の三時代の歴史で著名な事柄を紹介します。

大嶋郷(おおしまごう)の時代

正倉院に残されている『養老五年(721)下総国葛飾郡大嶋郷戸籍』、いわゆる『養老戸籍』は、かつしかの歴史を知る上で大きな意味を持っています。
このコーナーではこの戸籍を中心として、当時の生活の舞台を探ります。
また、柴又八幡神社古墳から出土した人物埴輪(寅さん埴輪)も展示しています。

葛西城の時代

区内にある弥生~近世に及ぶ複合遺跡として有名な葛西城址遺跡の中世にスポットをあて、戦国時代の葛西城の盛衰を紹介します。

かつしかのくらし

近世以降の葛飾区の人々の生活文化とその変化の過程を紹介していきます。葛飾区は昭和7年に7つの町村が合併して成立しました。
江戸時代から明治・大正にかけては農業の盛んな地域でしたが、関東大震災を契機に都市化がはじまり、特に戦後の高度経済成長期には中小の工場が飛躍的に増え、現在に至っています。

葛飾区の都市化

東京東郊の農村だった葛飾区域は大正時代になると工場が進出し人口が急増します。この展示室ではこうした葛飾区の近現代史を都市化という視点で紹介していきます。
太平洋戦争を経て高度経済成長期になると玩具産業や金属加工業などが急成長し、日本の高度経済成長を支えました。都心に通勤するサラリーマンが住居とする都営住宅や公団住宅などが建てられるようになり、葛飾区はすっかり様変わりしました。
しかしそうした新しい町にも農村だったころのコミュニティーや習慣が見え隠れしています。そんな都市化のスタイルが「かつしからしさ」を醸し出しています。

蘇る昭和30年代の葛飾

昭和30年代はかつしかの暮らしがもっとも激しく変化した時代です。
このコーナーでは戦後の葛飾の花形産業であったボルト・ナット製造工場と昭和30年代の住居を再現します。復元された住居の茶の間にあるテレビの画面の中では、昭和30年代に活躍したヒーローが当時のままに登場してくれます。また、当時の冷蔵庫や洗濯機など電化製品も展示されています。
葛飾区の町工場は戦後の経済復興に大きな役割を果たしてきました。今日も町角のどこかで息づいている町工場の歴史をこの展示室でたどってみましょう。